感應寺

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感應寺Q&A

宗 派 < 地 域 性 (・・・?)
本来ならば当然『宗派>地域性』です・・・が、本山のお膝元でもない限り、多くの地区は『宗派<地域性』なのが現状です。
そのため時々「???」な事があるようでして。。。
老婆心による周りの皆さんからのアドバイスを総合すると「いったい何をすれば良いの???」となるのは当然のことでしょう。

基本的に先祖供養のしきたりに宗派間に違いが有って当たり前です。そして地域間に違いが有っても当たり前だと考えて下さい。

先祖供養は『心』が大切です。
「どの方法が正しい」「どの方法が間違っている」というものでは決してありません!

誰もが今まで代々受け継がれてきた先祖供養の方法を「正しい」と思い、絶対的な自信をお持ちなのは当然なのではないでしょうか。
ですから、いただけるアドバイスは有り難く耳を傾けてあげましょう。


惑わないコツ

 『仏事で解らないことは、最初に和尚さんに聞きましょう』
 『 コ コ ロ 』 (・・・?)
「先祖供養は心が大切」と前に書きました。
これは「供養」のスタートでありゴールと言えるのではないかとの考えは私の中では変わらないと思います。
しかし、ここで勘違いしないでほしいのは先祖供養には「最低限の言動を必要とする『作法』が必然」な事です。

以下はそれを強制するために書いている訳ではありませんのであしからず。


近年特に『人(特に現代の日本人)』は非常に自分中心的な、そして自分にとって有利な(楽な)解釈を正当化することが多いように感じます。

今は『情報』の時代。発信側は何処も彼処も我先にと言わんばかりに目新しい事ばかりを無責任に取り上げる。
時代は急速に加速し、どんな流行もすぐに過去のものとなってしまい、それまで称賛してきたモノを攻撃し批判しバッサリと切り捨てる。・・・の繰り返し。
受信側は膨大な量の情報の中から自分にとって本当に「必要」か「必要でない」かを洞察する力が試される。
本来、揺るがない『価値』は個人個人一人一人の心に在るのではないでしょうか?


先の見えない経済への不安・・・。しかし、ご覧のような「物質」に溢れた我々の生活を送り、本当に満たされていないものは恐らく「心」なのでしょう。そしてその不安を断ち切るかのように物質的消費に向かい、心を満たしたような気になる。。。

欲にはキリがありません。次から次へと現れます。
目先の「欲」や「操作された情報」に振り回される自分でなく、ブレない自分を見付けましょう。


先祖供養に関しても・・・。もちろん何百年も前の作法が今の時代に当てはまるのかと聞かれれば、正直言って無理があるでしょう。
我々が生きていくために必要とする優先順位があるのは仕方ない事ですが、物欲や娯楽欲が優先されすぎる「価値」を今一度じっくり考えてみてはいかがでしょう。
今の自身が存在するのはご先祖様のおかげです。これは不変の事実です。「おかげさま」の心を思い出し、ご先祖様への感謝の気持ち・・・一日一度は心掛けましょう。



惑わないコツ
 『仮に自分は亡くなたら、子供達や孫達から何をしてもらうと嬉しく、何をされたら悲しく感じるかを逃げないで真っ直ぐに考えましょう』
季 節 ネ タ ① 『 お 彼 岸 ( 六 波 羅 密 )』
そもそも「お彼岸(春・秋)」は古代中国で作られた節気の区分法「二十四節気」により定められた季節の変わり目の一つ(「春分」・「秋分」)です。

大昔から春分の頃に豊作を祈り、秋分の頃に収穫に感謝する。そして作物を育ててくれた太陽と、我々を育ててくれたご先祖様に改めて感謝しお供え物をする習慣が「彼岸供養」の始まりだとか。

仏教的には春分・秋分を中心にして前後それぞれ三日間(計一週間)を「お彼岸」と言います。


仏教では『彼岸=悟りの世界』です。

「彼岸(ひがん)」は全ての煩悩を断ち切った、即ち亡くなった後の世界のことです。
それに相対する場所が
「此岸(しがん)」。これは我々が今生きている現実世界のことです。


仏教では生きながら彼岸に達する(悟る)ために下記の『六波羅密(ろくはらみつ)』という六つの徳目からなる修行をしなさいと説かれております。

『布施(ふせ)』    人や社会のためにつくして、決して報いをもとめないこと。
『持戒(じかい)』   定められたルールを守り、人間らしく生きること。
『忍辱(にんにく)』  苦難に耐え抜き、乗り越えて前に進むこと。
『精進(しょうじん)』 精一杯力をつくし、たゆみない努力をすること。
『禅定(ぜんじょう)』 冷静沈着に行動するために、落ち着いた静かな心を保つこと。
『智慧(ちえ)』    深い洞察力で、正しい判断力を養うこと。


文字にすると案外「普通の事じゃない?」と思われるかも知れませんが、本当に実践出来ているか胸に手を当てて自問してみて下さい。
誰もが生きていれば煩悩(「~したい」こと)ばかりです。
それは偏に目先の自分自身の欲求を満たすためだけの行いです。



惑わないコツ

「出来ない」理由ばかりを考える時間が有るなら、「出来る」方法を考えましょう。確実に小さなことからコツコツと・・・